プロフィール

  • 佐久間校長
  • 横浜国際女学院翠陵中学校・
    高等学校 校長 佐久間健一
  • 1949年、横浜生まれ。2008年4月より本校の校長に就任。テニス、読書(ジャンルは問わず)が趣味で、座右の銘は「冬来たりなば春遠からじ」。

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イチロー選手に学ぶ

2010/07/17(土)

今日で7月の授業が終わりました。
これから始まる夏季休業は、日頃なかなか実行できないことに、じっくり時間をかけて取り組むことができるときです。つまり、夏季休業は「なりたい自分」、「自分の夢」に大きく近づくことができるチャンスです。
10年連続でメジャーリーグのオールスターゲームに選ばれたイチロー選手についてお話しします。
夏季休業の過ごし方の参考にしてください。

小学6年生のときにイチロー選手が書いた「夢」という作文の冒頭の部分です。
「ぼくの夢は一流のプロ野球選手になることです。そのためには、中学、高校で全国大会に出て、活躍しなければなりません。活躍できるようになるには、練習が必要です。ぼくは、その練習にはじしんがあります。ぼくは3歳のときから練習を始めています。3歳~7歳までは半年くらいやっていましたが、3年生の時から今までは365日中、360日ははげしい練習をやっています。だから1週間中、友達と遊べる時間は、5時~6時の間です。そんなに練習をやっているんだから、必ずプロ野球選手になれると思います。」

小学6年生のイチロー少年は「プロ野球選手になりたい」ではなく、すでに「必ずプロ野球選手になれると思います」と自信をもって言い切っています。「なりたい」という願望は、「なれなくてもよい」の裏返しです。「夢という風船」は、願望のままではどんどんしぼんでいってしまいます。イチロー選手のように、「夢という風船」にたえず自信という空気を入れ続けることを見習いましょう。

雑誌のインタビューで「どうしてあれだけ熱心に練習するのですか?」という質問に答えて。
「僕がどうして毎日練習をやるか? その理由は簡単です。
いいときの状態ってすぐに身体が忘れるじゃないですか。それを忘れないように毎日やるのであって、それ以外の何物でもありません。『継続は力なり』なんです。」

毎日コツコツと努力すること。それはやがて大きな成果になって、自分に返ってきます。
やり続けることを習慣にしてしまうと、今度はそれを止めることのほうが苦痛になるのです。
小学3年生のころのイチロー選手は空振りばかりしていたそうです。空振りを繰り返すことによって、バットにボールがカスるようになります。やがてチップがファウルになり、ある日ヒット性のボールが飛んでいくのです。進化とはすべてそういうプロセスをたどるものです。
目の前のやるべきことを黙々と積み重ねる。これこそ一流になるための最強かつ最も確実な方法です。

雑誌のインタビューで「ピンチの切り抜け方」について聞かれて。
「苦しんだからって報われると思っていたら大間違いでしょう。 同じ苦しむにしても、考えて苦しまないと。なにも考えないでただ苦しんでいても駄目だということですね。
こんなに苦しんでいるんだからというところに逃げ込んでいたら、いつまでも違う自分は現れない。とにかく考えることですよ、無駄なことを。無駄なことを考えて、言葉にしようとしているうちに、なにかパッと閃くことがあるんです。」

無駄と思えることが案外大事なのです。無駄と思える作業の中に、飛躍のヒントが潜んでいるのです。とことん考えながら無駄と思える作業を淡々と繰り返す。その無心の状態から素晴らしいアイデアが生まれるのです。

しかし、そんなイチロー選手でも弱音をはいたことがありました。
「お父さん、僕、野球を止めようかなあ。」
イチロー選手が高校に入学して、寮生活が始まって1カ月たったゴールデンウィークに、久しぶりに家に帰ったときにつぶやいた言葉です。
イチロー選手が「野球を止めたい」と口に出したのは、このときが最初で最後です。
そのとき、お父さんは驚きながらも、静かな口調でこう言いました。
「一朗、今日まで自分がやってきたことが何だったのか、よく考えなさい。いま野球を止めて、それでも後悔しないと思えるのなら、お父さんはそれでいい。 ただ、何事も『後悔、先に立たず』だよ。」

「後悔、先に立たず」というのは、「あとで後悔しても、もはやそれは手遅れだ」という意味です。
しばらくのあいだ、イチロー選手は黙って何かを考えていましたが、その話には一切触れず、翌日元気に野球部の寮に戻って行ったそうです。

努力を積み重ねることによって、人から天才とよばれる域にまで到達したイチロー選手。
イチロー選手の考え方や実行力の凄さの中に、皆さんが「自分の夢」をかなえることができるヒントがたくさんあると思います。
有意義な夏季休業になるよう期待しています。

参考図書  児玉光雄著 『イチロー頭脳』 『イチロー選手の「夢」をつかむ言葉』

2010/07/17 全校集会 | 個別ページ

仲間

2010/07/13(火)

今、新しい生徒会役員の皆さんに任命状をお渡ししました。
生徒代表として、翠陵の発展のために大いに活躍してくれることを期待しています。
しかし、新役員の皆さんが活躍するためには、全校生徒の協力が不可欠です。
全校生徒が一丸となって活動しようという仲間意識、チームワークが大切だと思います。

チームワークというと、サッカーワールドカップで活躍した日本チームを思い出します。
今回の日本チームが活躍できた要因がいろいろと挙げられています。
その一つが、日本選手の特長である俊敏性を活かしたプレーを徹底して行ったこと。
そしてもう一つが、チームワークの良さが挙げられています。個々の能力では劣っていても、チームとしてのまとまり、組織力でそれを補っていました。
「100メートル競走では勝てないけれども、400メートルリレーでは勝てる」という言葉が印象に残っています。

先日配られた『いちょう』にも、仲間の大切さが随所で語られています。
その中から一つ紹介します。

6年間の翠陵生活で強く感じたことがあります。それは、翠陵生は“かっこいい”ということ。容姿が、という意味ではなくて、心意気が、です。
自分をさらけ出して付き合えるのは、相手が受け入れてくれることを知っているからです。自分と違うものを受け入れるということは、勇気のいることです。もちろんクラスには、言いたいことが言える人、言えない人。和を乱す人、まとめる人。大人な人、口だけの人。いろいろな人がいます。しかし、相手を否定せず、受け入れることができるからこそ、翠陵生は仲がいいのだと思います。
どうか翠陵の心意気を忘れないでください。最初から完璧な人なんていません。ゆっくりでいいのです。他人を受け入れることのできる心を手に入れていってください。

皆さんは学校に通って学んでいます。学校では、自分一人では学ぶことができない集団生活の素晴らしさや集団生活で心がけなければいけないことなどをしっかり学んでください。
そして、集団生活を通してよき友人、素晴らしい仲間を得てください。
皆さんが、よき友人、素晴らしい仲間と共に、一生の思い出となる充実した翠陵生活を創り出していくことを期待しています。

2010/07/13 全校集会 | 個別ページ

海外三姉妹校

2010/06/22(火)

アメリカのセント・ポール女学院に続いて、先週からメキシコの日本メキシコ学院の皆さんが翠陵生の家にホームステイしながら通学しています。
複数の海外姉妹校を持ち、毎年交換留学を実施したり、3年に一度の割合で大規模な交流イベントを開催したりしている翠陵のような学校はまずないと思います。
今日は、翠陵の海外姉妹校についてお話しします。

最初に友好校提携をしたのが上海市第三女子中学です。名前は中学ですが、翠陵と同じ中高一貫の学校です。翠陵が開校したときから、神奈川県や横浜市と関係がある地域の学校と海外姉妹校提携を行おうと考えていました。開校3年目の1988年、横浜・上海友好都市提携15周年の記念事業の一つとして、両市の協力を得ながら友好校提携が実現しました。
上海市第三女子中学は、今年創立118年目を迎える大変長い歴史を持つ伝統校です。この間に多くの著名人を輩出してきましたが、中でも特に知られているのが「宋三姉妹」です。
中国の人たちが「国父」と呼んでいる人がいます。現在の中国を築いた人のことを意味しており、辛亥革命を指導して清王朝を倒した孫文を指しています。この孫文の夫人となったのが、次女の宋慶齢さんです。そして孫文が病気で倒れた後を継いだのが蒋介石です。この蒋介石夫人となったのが三女の宋美齢さんです。
中国の現代史に登場する孫文と蒋介石の夫人はいずれも同校の卒業生で、中国の歴史に大きく関わっています。開校3年目の学校がこのような素晴らしい歴史を有する学校と友好校提携できたことに、今でも感動しています。

日本メキシコ学院とは1993年に姉妹校提携を行いました。
翠陵の開校当初から夏休みを利用して来日する生徒さんの体験入学の受け入れを行ってきましたが、交流の拡大を目指し姉妹校提携を行いました。
日本メキシコ学院は、1977年に日本とメキシコの両国政府が協力して創った国際学校です。学院内には、日本人子女が通う日本人学校(日本コース)と、メキシコ人子女が通う現地校(メキシココース)があり、両校生徒の日常的な交流を通して異文化理解の促進が図られています。
メキシココースでは日本語の授業が必修で、日系の生徒さんも数多く通っています。
メキシコを訪問した日本の政財界人や皇族が必ず訪問する学校としても知られ、数年前には翠陵生の交換留学中に皇太子殿下がお見えになりました。

神奈川県とメリーランド州が姉妹県州の関係にあることから、1993年に神奈川県の協力を得ながらセント・ポール女学院と姉妹校提携を行いました。ボルティモア市の北部郊外にある同校は、少人数制のクラス編成で、理数教育や日本語・フランス語などの充実した外国語教育で知られているIndependent School(独立した理事会を持ち、主に授業料収入と寄付によって経営されている学校)です。提携当時は、キャサリン・ケネディ・タウンゼント副州知事や大リーグ・オリオールズのカル・リプケン選手のお子さんが通っていました。今でもオリオールズやプロフットボールチーム・レイブンスの選手のお子さんが通っているそうです。

海外姉妹校交流の目的は、海外の同年代の生徒がどのような考えを持ち、どのような学校生活を送っているのかを知ることで、皆さん自身の成長を図るところにあります。
3校とも素晴らしい学校です。姉妹校の生徒の皆さんと積極的に交流し、良いところを吸収しあい、お互いの成長に役立てていってください。

2010/06/22 全校集会 全校集会 | 個別ページ

シルクロードを知っていますか?

2010/05/31(月)

世界的に有名なシルクロード、絹の道については、皆さんも良く知っていると思います。
では、この翠陵の近くにもシルクロードがあることは知っていますか?
それは、八王子から町田を通って横浜に至る、商いに使われた道のことです。

明後日の6月2日は、この横浜に外国との貿易を行うための港が開かれた日で開港記念日と呼んでいます。
当時の貿易の中心は横浜で、輸出品の第一位は生糸でした。
生糸は長野や山梨、埼玉などの養蚕地帯から八王子に集められ、町田を通って横浜の港に運ばれ海外に輸出されました。

この八王子から横浜に通じる商いの道をシルクロードと呼ぼうという運動が、今から50年ほど前に起こりました。八王子から町田を通り、町田から今の横浜線に沿って東神奈川に向かう道と相鉄線に沿って横浜に向かう二つの道が、主なシルクロード、絹の道と言われています。

その国際都市横浜にふさわしい学校として、25年前に翠陵が開校されました。
国際交流の盛んな翠陵に通う皆さんは、積極的にさまざまな国の人たちと交わり国際的な視野を養ってほしいと思っています。国際的な視野が身につくと、今まで見えなかったことが新たに見えてきます。日本という国や日本人について、そして自分自身についてです。
「世界を知る」「違いを認める」そして「自分を見つめる」が、翠陵の国際交流のキーワードです。

今、香港からの留学生アビーさんが通っています。この後、アメリカとスロバキアの留学生の受け入れも決まっています。
進んでコミュニケーションを図ってください。新しい自分に出会えます。
明後日の横浜開港記念日を機に、翠陵生らしい学校生活が送られているかどうか、もう一度振り返ってみてください。

2010/05/31 全校集会 | 個別ページ

学びのタイミング

2010/05/24(月)

今日は、「クリティカル・ピリオド」についてお話しします。
この「クリティカル・ピリオド」という言葉はあまり聞いたことがないと思いますので、具体的な例からお話しします。
皆さんの中には猫が大好きな人がいると思います。
その生まれたばかりの子猫を、横線だけで囲んだ飼育箱の中で約2週間育てます。その後、普通の環境の中に戻しますが、猫の視覚に障害が起きていることが分かります。つまり、横の線だけの環境で育てられたため、猫には縦の認識ができなくなってしまうという実験です。

この実験からどんなことが分かるのでしょう?
猫にとっての生後2週間は、視覚の発達のためにきわめて大切な時期で、この期間に環境を認識するための適切な条件を整えてやらないと、完全な視覚は発達しないということが言えます。
つまり、生物にはそれぞれの成長段階に適した条件なり刺激を与えないと正常な発達を望むことはできない、と言い替えることができるのです。

同じことが、皆さんが学習している内容にもある程度言えるのではないでしょうか。
例えば、日本人にとって英語のRとLとを聞き分け正しく発音できるようになるには、小学生までが限界であって、中学生では遅すぎるという研究があります。つまり、RとLの発音の「クリティカル・ピリオド」は、小学生までということになります。正しい発音を身につけようと思っている人にはちょっとショッキングな話ですが、訓練でできる限り補えるよう努力してください。

人間は素晴らしい能力を持っている生物です。しかし、その能力は、初めは潜在しているだけです。その潜在能力を機能させるような刺激が与えられ、訓練がなされないと、能力は潜在能力のままで終わってしまいます。
もちろん人間の持つすべての能力について、その「クリティカル・ピリオド」が解明されてはいません。しかし、先生たちはいろいろな体験を通して、中学1年生の段階ではこれを、2年生の段階ではこれを、高校2年生までにはここまでというように、大まかな「クリティカル・ピリオド」を定めながら毎日の授業を行っています。
新しい学年の授業に慣れてきたと思いますが、皆さんの中には、難しいとかあまり興味がないなどと思っている人もいると思います。
しかし、今日の「クリティカル・ピリオド」の話を理解し、今を逃せば自分の潜在能力を伸ばすチャンスがなくなるということを意識し、毎日の学習に励んでほしいと思います。

2010/05/24 全校集会 | 個別ページ

気配り

2010/05/17(月)

授業が開始されてから一月以上経ちました。
新しい学校生活に慣れることは良いことですが、緊張が緩んでいる人はいませんか?
私たちの顔には、外からの刺激や情報などを受け入れたり、発信したりする機能を持つ器官が4つあります。鼻、目、耳、口です。4つの器官のうち1つだけ他と異なる器官があります。
嫌な臭いを嗅ぎたくない時は、一時鼻で呼吸するのを止めれば済みます。
見たくないものがあれば、目を閉じればよい。
何も言いたくない時は、口を閉じればよい。
自分の意思でその機能を止めることができます。
だが、耳はそうはいきません。耳栓をしたり、手で覆ったりしない限り、否応なくどのような音も飛び込んできます
その耳障りな言葉の1つが、授業中の私語です。周りの人たちが先生の説明が聴きにくくなったり、集中力をそいだりします。授業の大きなマイナスになります。心あたりのある人は改めてください。
また、バスや電車の中での大きな声での会話も同様です。
「耳は塞ぐことができない」ということを、もう一度しっかりと覚えておいてください。
「今、口を開く時かどうか」、いつも気を配ってください。

保護者の方を対象にしたケータイについての勉強会が土曜日にありました。
勉強会の中で、中高生が発信しているプロフやブログを実際に閲覧してもらいました。
中にはとんでもない使い方をしている中高生がいました。
フルネームの掲載、学校名、クラス、部活動の掲載。住所や利用駅の掲載。顔写真やメールアドレスの掲載などです。 
顔写真は切り取られ、他の写真と合成され全く別な写真として悪用されることを以前お話ししました。ネットを悪用しようと考えている人がたくさんいます。個人が特定される情報の取り扱いにはくれぐれも気をつけなければいけません。
個人情報を掲載している人がいたらすぐに削除してください。
また、「被害者」になることの危険性を理解し、自分の情報管理に気を配っているのに比べて、友だちの個人情報を流失させ、自分が人権侵害の「加害者」になっていることについてはまだ不十分なようです。
友だちのフルネームを掲載したり顔写真や学校名を掲載したりしている中高生がいました。掲載している箇所では個人が特定できないようにしているのですが、リンク集でリンクをたどっていくとたくさんの個人情報を集めることができ、個人を特定することが可能になってしまいます。
ケータイは正しく使うととても便利なものですが、使い方を誤るととんでもないことになってしまいます。
自分だけでなく、他の人の情報も流出させていないかどうか、もう一度気を配ってください。

2010/05/17 全校集会 | 個別ページ

感謝の気持ち

2010/05/10(月)

以前お話をしたキンランが今見事に咲いています。ぜひ、お見逃しのないように。
今、各地でハナミズキが美しい花を咲かせています。
ハナミズキは、4・5月頃に赤や白の平たい花をたくさんつけ、秋には赤い実をつけ美しく紅葉するので、庭木や街路樹として人気があります。
翠陵でも、所々でハナミズキが美しい花を咲かせています。このハナミズキも国際交流の盛んな翠陵に似合った花木だと思っています。

ハナミズキは、アメリカから伝えられた木です。明治45年(1912)、当時の東京市長だった尾崎行雄がアメリカに桜の木を贈り、そのお礼として大正4年(1915)にアメリカから贈られたのがハナミズキです。ですから、日本に来てからまだ100年も経っていません。しかし、アメリカの首都ワシントンのポトマック河畔の春は、日本から贈られた桜で彩られ、毎年多くの人たちが花見を楽しみ、また日本の広い地域の庭や公園、街路樹にハナミズキが植えられています。尾崎行雄が目指した日米の友好の贈り物は十分にその役割を果たしているといえるでしょう。

Photo 日米の友好の印がハナミズキなら、横浜と上海の友好の印が中国原産の白木蓮です。
白木蓮は上海の市の花木ですが、上海の皆さんが来校した際に、この集会場と正面玄関前に記念の木として植えられています。

翠陵の良さの一つに、このような豊かな自然環境が挙げられます。
毎日通っている皆さんには当たり前の風景も、たまに訪れる人にとっては大きな驚きです。
このような声をよく耳にします。
  緑のステージって本当ですね。
  四季折々の花に囲まれていて、うらやましいですね。
 “風光る丘”という意味がわかりました。
  今日は新鮮な空気をいっぱい吸って帰ります。………
 
「学校がもっと駅に近いといいのに」という声を時々聞きますが、それとは引き換えにこの恵まれた自然環境のもとで学校生活を送ることができるのですから、プラス思考で考えてください。
世界には、学校に通いたくても通えない人たちが大勢います。皆さんはこのような恵まれた環境のもとで学べることを幸せに思ってください。そして、自分を支えてくれている人たちに感謝してください。

皆さんは、感謝の気持ちをどのように表したらよいと思いますか。
昨日は「母の日」でした。カーネーションを始めとする贈り物をプレゼントして、感謝の気持ちを表した人も大勢いたと思います。
贈り物をすることで感謝の気持ちを表すのも一つの方法ですが、翠陵で学ぶ機会を与えてくれた人たちに皆さんが感謝の気持ちを表すためには、翠陵生らしい学校生活を送ってみせることが一番だと思います。
常に感謝の気持ちを忘れず、一日一日の学校生活を大切にしてください。

2010/05/10 全校集会 | 個別ページ

津田梅子

2010/04/26(月)

向井千秋さんに続く2人目の宇宙飛行士、山崎直子さんが任務を終えて無事帰還しました。
現在では、宇宙飛行士以外にも、電車の車掌さんや白バイの警察官など女性の社会進出が目立ちます。
しかし、女性の社会進出の歴史はそれほど古くはありません。翠陵が開校する前の年の1985年(昭和60)に「男女雇用機会均等法」が制定され、この年を「男女平等元年」と呼んでいることでも分かります。
今日は、女性の地位向上を目指し、女子高等教育の発展に貢献した津田梅子を紹介します。
1871年(明治4)、岩倉具視を大使とする使節団一行が横浜からアメリカに向かって出発しますが、その中に5名の女子留学生が含まれていました。一番年下が6歳の津田梅子でした。梅子は、11年間アメリカ人の家庭にお世話になりながら学校に通い、高度な英語力を身につけ17歳のときに日本に帰国しました。
アメリカで学んだ知識を活かした仕事がしたいと思った梅子でしたが、女性であり、また日本語が自由に話せないため思うように仕事に就くことができませんでした。
ようやく女学校の英語教師の職に就きますが、花嫁修業を目的とした学生たちの勉学態度に失望し、職を辞します。しかし、女性が自立するためには教師の職が適していると考えた梅子は、女子の高等教育機関を自分で設立しようと考え、再びアメリカに留学し教育学など必要な学問を学びます。この留学中に、梅子は、ナイティンゲールやヘレン・ケラーとも会っています。
3年後に帰国した梅子は、教壇に立ちながら学校設立の機会を待ちます。そして、私立学校令が公布された翌年の1900年(明治33)に、アメリカの知人たちの支援を受け、英語教員の養成を目指す女子英学塾を創設しました。
梅子は、開校式で建学の精神について語っていますが、翠陵の目指す教育と合い通じるものを感じます。
教育には、優れた教員と意欲ある学生の存在が大切であること。
学生の個性を尊重するために、少人数教育を重視すること。
高度な英語教育を施し、女性の英語教員を養成すること。
高い専門性を習得し、広い教養を身につけること。

先週の全校集会でも、すすんで学ぶことの大切さについてお話ししました。
「教育には、優れた教員と意欲ある学生の存在が大切である。」という津田梅子の言葉を皆さんはよくかみしめ、実行し続けていってください。

2010/04/26 全校集会 | 個別ページ

環境の良さ

2010/04/19(月)

日本国内では、天候の不順によるさまざまな被害が起きています。
海外では、また中国で大きな地震が起きました。アイスランドの火山の爆発による火山灰の影響で、飛行機の運航に大きな支障が出ています。
さまざまな異変が起きていますが、翠陵では今年もキンランの花を見ることができそうです。
キンランは、愛らしい黄色い花の美しさから「里山の女王」と称えられています。
しかし、このキンランは、環境省の絶滅危惧種(絶滅のおそれがある野生生物)に指定されている大変珍しい植物です。キンランは微妙なバランスのもとで生育している植物なので、野山で見つけ家に持ち帰って育てようとしてもうまく育てられません。だから、どんどん数が減ってしまい、現在絶滅の危機に瀕しています。
このような貴重な植物が生育している素晴らしい自然環境のもとで、皆さんは日々生活できることを嬉しく思ってください。Img_7711

学びの場である学校にとって豊かな自然環境は欠くことができませんが、大切なことがほかにもあります。
皆さん一人ひとりがすすんで学ぼうという心構えを持ち、すすんで学ぶことが当たり前という学校の環境を維持し続けることです。
先生方がいくら良い授業を心がけていても、すすんで学ぼうという気持ちが皆さんにあるとないとでは、学びの質と量に大きな差が生まれます。すすんで学ぼうという気持ちを常に持ち、授業を大切にするとともに、家庭での予習・復習を怠らないでください。
「なりたい自分」、「なることができる自分」を増やしていけるよう、恵まれた自然環境のもとで、すすんで学ぼうという姿勢を忘れずに努力していってください。

2010/04/19 全校集会 | 個別ページ

なぜ、学ぶのか?

2010/04/13(火)

新年度の授業が始まりました。
皆さんは毎日学校に通って勉強していますが、「何のために学ぶ」のか考えて学んでいますか。
他の人とは違う、自分なりの答えがあっても良いと思います。
先生は、皆さんが「自分らしく生きるため」と考えています。

まず、たくさんのことを学ぶことで、「なりたい自分」を増やすことができます。

幼いときは自分の身近なものやよく目にするものが憧れの対象となります。
皆さんも、覚えがあると思います。
しかし、さまざまなことを学んでいくことによって、新しい興味や関心が生まれ、より広い範囲の中から「なりたい自分」を考えていくようになります。
中学生や高校生になると、ほぼこの段階に到達します。

次に、たくさんのことを学ぶことで、「なることができる自分」を増やすことができます。
自分が思い描いている「なりたい自分」になるためには何が必要なのかを考え、必要な知識や能力、資格、技術などを得るために学びます。
たくさんのことを学び自分の能力が高まってくると、「なりたい自分」のほかに、「なることができる自分」の数を増やすことができます。
例えば、最初にフライトアテンダントになりたいと思って英語力を高めていきます。しだいに英語力が身につくことで、フライトアテンダントのほかに、学校の英語の先生や翻訳の仕事にも就くことが可能になってきます。

このように、たくさんのことを学ぶことで、自分の夢を夢ではなく現実のものにしていくことができるのです。
中学・高校時代は、知識や知恵といった自分の基礎となる土台を創るときです。
土台が小さいと、大きな建物は建てられません。土台が大きく頑丈なものになればなるほど、大きな建物を建てることができるようになります。
自分らしく生きたいと思ったら、進んでたくさんのことを学ぶことです。

先生方には、しっかりと準備をして、皆さんの持っている可能性を引き出すことができる良い授業をしてくださいと伝えてあります。
しかし、良い授業となるためには、授業を受ける側の皆さんの心構えが大切です。
進んで学ぼうという気持ちがあるとないとでは、学びの量と質に大きな差が出てきます。

「なりたい自分」、「なることができる自分」を増やすことによって、「自分らしく生きる」ことができます。
「自分らしく生きる」ためには、たくさんのことを学ぶ必要があります。
自分の可能性に向かって、一歩一歩前進していく皆さんであってほしいと願っています。

2010/04/13 全校集会 | 個別ページ